猿の夢の意味|賢さと軽はずみが同居する
猿が芸をする夢、噛まれる夢、子猿の夢。日光の三猿から「去る」の語呂まで、日本での位置づけを踏まえて読み解きます。
日本には実際にニホンザルがいます。十二支の動物のなかで、身近に見られる数少ない一頭です。
賢さと軽はずみが同じ体に入っている
猿に対する日本の見方は二筋あります。
ひとつは賢さ。人に似ていて、真似がうまい。もうひとつは軽はずみです。「猿も木から落ちる」がそうですし、人真似という言葉には見下す響きもあります。
夢占いはこの両方を使います。猿の夢は才があるが落ち着きに欠けるものを表し、能力はあるのに詰めが甘い状況をよく指します。
「去る」との語呂
日本にはもうひとつ独特の事情があります。「さる」が「去る」に通じるという語呂です。
これが両方に働きます。悪いものが去るという縁起の良い読みにもなり、来ていたものが去ってしまうという良くない読みにもなります。庚申信仰で猿が魔除けとされたのは前者、婚礼の席で猿を避けたのは後者です。
同じ動物で正反対の扱いを受ける理由がここにあります。
状況で読み解く
猿が芸をする夢は認められるという意味ですが、見せることに終始しているという警告も含みます。実を取れているか見直せという合図です。
猿が真似をする夢は、自分を真似る人が周りにいるという読みになります。
猿に噛まれる夢は、軽く見ていた相手にやられる暗示です。
猿が物を持っていく夢は損失を示します。大きくはないが煩わしい種類です。
木の上の猿は有利な位置を占めている状態、子猿はまだ熟していない力を表します。
日光の三猿——見ざる聞かざる言わざる——が出てくる夢は、あえて関わらないという選択を示すことがあります。
韓国と英語圏では
韓国では猿が身近ではない動物です。半島に野生の猿がおらず、十二支の一員でありながら 実物の記憶がありません。そのため韓国のことわざでは「猿も木から落ちる」に当たる言い回しに 猿ではなく別の動物が使われることもあります。日本ほど猿の話が生活に入っていません。
英語圏では猿と類人猿がはっきり分かれます。monkeyは小さくいたずら好きで、 monkey business(ふざけたこと・不正)、monkey around(ふざける)のように使われます。 一方apeは大きく、Planet of the Apesのように別の重さを持ちます。 さらに進化論をめぐる論争の歴史があるため、猿は人間との距離を問う動物でもあります。
守りにも厄にもなるもの(日本)· 遠い動物(韓国)· 人間との距離を測る動物(英語圏)。
猿の夢から数字を出す
動物の夢は十二支の順番を基準にします。猿は十二支の9番目申(さる)なので、基準数は9です。
- 2, 9, 11, 18, 27, 36
45は43を超えて2に、54は11になります。ナンバーズでは9の一の位である9を使います。
この6つでは27番が全2,133回中368回でもっとも多く、9番が312回でもっとも少なくなっています。過去の記録であって、次に出やすいという意味ではありません。
この対応は文化としての取り決めです。下の表は過去の記録にすぎません。
この夢から導く数字
- 2
- 9
- 11
- 18
- 27
- 36
数字の出現回数
実際の抽せん結果から集計した出現回数です。
ロト6
第1回〜第2133回、全2,133回分の集計です。 本数字とボーナス数字を合わせた回数です。
| 数字 | 出現回数 | 割合 |
|---|---|---|
| 2 | 358 | |
| 9 | 314 | |
| 11 | 335 | |
| 18 | 353 | |
| 27 | 368 | |
| 36 | 352 |
最新の抽せん結果 2133回 · 2026年8月31日
- 1
- 11
- 14
- 20
- 29
- 38
- 27
ナンバーズ3
第1回〜第7061回、全7,061回分の集計です。 本数字のみの回数です。
| 数字 | 出現回数 | 割合 |
|---|---|---|
| 2 | 2121 | |
| 9 | 2220 |
最新の抽せん結果 7061回 · 2026年9月1日
- 8
- 8
- 2
よくある質問
猿の夢は悪い夢ですか
「去る」との語呂で嫌う見方が古くからありますが、それは音の一致であって猿そのものの性質ではありません。日光の三猿のように守りの意味を持たされてきた面もあるので、一方向に決めてかからないほうがよいです。
猿にいたずらをされる夢は
大きな害ではないが振り回される、という形です。猿は賢いので、防いだつもりの手をすり抜けてきます。誰かに軽く見られている感覚が残っているなら、そちらと重ねて読んでください。
猿が人のように振る舞う夢は
猿は人にいちばん近い姿をしているので、この夢は自分の一部を外から見ている形として読まれます。滑稽だったのか、不気味だったのか。その感じ方がそのまま中身になります。